JBIC は2024年4月、地熱発電の新技術「クローズドループ地熱利用技術」を用いたドイツでの地熱発電・地域熱供給事業を対象に、プロジェクトファイナンス(以下、PF)※1による貸付契約を締結しました。本事業は中部電力株式会社が出資するドイツ企業が実施するもので、同技術の初の商用プラントとなります。JBICが独自のリスクテイク機能を発揮し、技術リスクを取って支援を行った本件。行内決裁までの道のりや本件の意義について、担当した職員たちに聞きました。
(出典:中部電力ウェブサイト)
EUは2050年までのカーボンニュートラル※2達成を最優先課題に掲げ、再生可能エネルギーの利用拡大を推進している。またドイツ政府は、2030年までに電力消費量に占める再生可能エネルギーの割合を80%に引き上げる目標を掲げるとともに、新興開発地で新たに設置する暖房設備のエネルギー源の65%以上を再生可能エネルギー由来とすることを義務づけている。こうした中、JBICは2024年4月、中部電力株式会社(以下、中部電力)が出資するドイツ法人Eavor Erdwärme Geretsried GmbH(以下、Eavor Geretsried社)との間で、地熱発電及び地域熱供給事業を対象として、融資金額約43百万ユーロ(JBIC分)を限度とするPFによる貸付契約を締結した。本事業でクローズドループ地熱利用技術が世界で初めて商用化される。本件は、日本企業が出資者として事業参画し、長期にわたり運営・管理に携わる海外インフラ事業を金融面から支援することで、日本の産業の国際競争力の維持・向上に貢献するものである。
カーボンニュートラル実現に貢献する再生可能エネルギーの一つとして、利用拡大が期待される地熱発電。世界有数の火山国である日本は地熱資源量が豊富で、日本企業も技術面で強みを有している。一方で、掘削した地下から熱水や蒸気が安定的に得られるかは不確実で、開発難度が高いことが長らく課題だった。その解決につながる新技術が、本プロジェクトで用いられる「クローズドループ地熱利用技術」だ。技術を開発したカナダのEavor Technologies Inc.(以下、Eavor社)は、同国のプラントでの実証を経て、ドイツで世界初の商用プラントを立ち上げるためにドイツ法人Eavor Geretsried社を設立。中部電力が約40%の出資を行っている。
この技術では、地下の深さ約5,000mにループを掘削・設置。内部に水を循環させることで地下熱を効率的に取り出して、発電や地域熱供給に活用することができる。地下の熱水や蒸気が十分に得られない地域でも開発が可能で、地熱業界におけるゲームチェンジャーになり得る革新的な技術として、世界的に注目されている。
「地下に熱源があれば場所を選ばずループを設置できるため、従来の地熱発電よりも実施可能な地域が大幅に広がります。また地上部の設備はコンパクトで、なおかつ熱水や高温蒸気を直接採取しないため安全性が高く、都市近郊に設置して住宅の暖房などへの熱供給も可能です。私は本件の融資担当者として、2023年10月にミュンヘン郊外のプロジェクト予定地を訪問しました。世界初の商用プラントを成功させようという関係者の強い熱意が伝わり、本件に関与できることにやりがいを感じ、最善を尽くそうとの思いを新たにしました」(副調査役 岡野)
本技術は運転中に温室効果ガスの排出が大幅に削減される技術であり、欧州域内での安定的な再生可能エネルギー由来の電力・熱供給にも貢献するとして、EUも高く評価。欧州イノベーション基金による支援が決定している。再生可能エネルギーの利用拡大を推進するドイツのエネルギー政策にも合致し、また、2050年に向けて抜本的な地熱発電の導入拡大を目指す日本政府の施策にも沿うものだ。そうした総合的な観点から、JBICは本件について、リスクテイク機能を強化した「特別業務」の下、PF 案件として検討を進めた。
PFはプロジェクトの中で生み出される利益が融資の返済原資となるため、通常は、既に確立された成熟度の高い技術のプロジェクトであることが前提となる。しかし本件は、クローズドループ地熱利用技術が世界で初めて商用化されるプロジェクトでありリスクを伴う。民間の金融機関だけでは未商用化技術に融資を行うことは難しいところを、本件ではJBICが先導して技術リスクに挑戦。またJBICが保有するEUとの太いパイプを通じて、欧州投資銀行(EIB)など国際機関とも連携することで行内決裁に至った。
「私は契約交渉が本格化する直前の2023年11月にユニット長に着任し、行内決裁に向けてチームをリードしました。技術リスクを伴う本件について、スポンサー関係者やレンダーサイドでリスクをどうシェアするかを綿密に協議し決めていく必要があり、契約交渉は全てが山場といえるほど、根気強い調整が必要でした。その過程で印象に残るのは、ベルギーのEU本部を訪問し、EUとしての本件への期待の高さやコミットメントを確認できたことです。日本とEUが本件の意義やリスクシェアの重要性について目線をそろえられたことは、契約交渉を前に進める大きな後押しとなりました」(次長兼ユニット長 東田)
スタートアップ企業であるEavor社はスピーディな意思決定を基本とし、本件でも早期の融資決定を要望していた。そのニーズを汲んでJBICもチーム一丸となって迅速な対応に努め、比較的短期間での集中的な交渉の積み重ねを経て、2024年4 月に契約調印に至った。本格的な契約交渉開始から約5か月での行内決裁は、本件のような難易度の高いPF案件では異例の速さだ。
ミュンヘン郊外のプロジェクトサイトでは現在、ループ掘削工事が進行中で、建設予定の全4ループについて、2026年の完成を目指している。中部電力は本プロジェクトへの参画を通じて得られるノウハウを活かして、海外での開発事業だけでなく日本国内での展開も検討している。本技術を用いた地熱発電は温泉事業者などとの競合も起きないことから、地熱資源を持つアジアの国をはじめ、世界各国での展開の可能性が広がる。
「JBIC初の特別業務でのPF案件となった本件は、私自身の約25年のキャリアの中でも、これまでに経験のない新規性の高い案件でした。年次を重ねてからも新たな分野や技術との出会いがあり、新鮮な視点で様々な発見をしながら見識を深めていけることもJBICで働く魅力だと思います。また本件ではJBICが日本の政策金融機関として先導役を果たし、EUや国際金融機関といった多様なステークホルダーと連携して革新的な技術の推進に貢献することができ、JBICならではの仕事のダイナミズムを改めて体感する機会にもなりました」(次長兼ユニット長 東田)
「本件は私にとって初めての融資案件で、加えて特別業務の行内決裁には通常より多くのプロセスが必要となる中で、困難に直面する場面もありました。東田さんは常にポジティブな言葉遣いでチームが前向きに仕事に取り組めるよう雰囲気づくりをしてくださり、またチームメンバーや行内の関係部署の人たちからも多くのサポートを得て、乗り越えることができました。自分自身の仕事力の限界を突破できた手応えがあります。本件の経験を糧に、今後も、革新的な技術を活用して新領域に挑戦する日本企業を支援していきたいと思います」(副調査役 岡野)
本件に関する初期的な相談を受け付ける。
2023年4月、カナダのEavor社及び実証プラントを訪問。
2023年10月、ドイツ・ミュンヘン郊外にある本プロジェクトのサイトを訪問。
2023年12月、本格的な契約交渉を開始。
2024年2月、ミュンヘン郊外のプロジェクトサイトを訪問した他、スポンサー関係者及び協調融資を行うEIBとハイレベル協議を実施。
2024年4月、Eavor Geretsried社との間で融資契約を締結。
プロジェクトの進捗のモニタリング、関係者との情報共有などを継続中。
※1 プロジェクトファイナンス(PF):プロジェクトに対する融資の返済原資をそのプロジェクトが生み出すキャッシュフローに限定する融資スキームのこと。
※2 カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出量を全体としてゼロとすること。