1950s
戦後復興のため、
日本輸出銀行が誕生
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- 1950
-
日本輸出銀行設立
日本輸出入銀行本店(1950~1963) - 1951
-
初の融資承諾( アルゼンチン向け水力発電機の輸出)
- 1952
-
日本、IMFおよび
世界銀行に加盟 -
日本輸出入銀行に改称
- 1956
- 日本、国連に加盟
太平洋戦争の終結直後、日本ではあらゆる物資が不足し、厳しい生活が続いていました。1947年には日本経済推進計画が策定され、「輸出こそが復興の起爆剤になり得る」という考えが示されます。こうした中、戦後インフレ収束後のデフレ懸念を受け、池田勇人大蔵大臣は輸出振興策を模索。1950年5月、米国の金融政策顧問ジョセフ・ドッジとの会談で輸出入銀行設立の構想を持ちかけました。
こうして同年12月に設立されたのが、JBICの前身である日本輸出銀行です。時を同じくして朝鮮戦争による特需で日本経済が活気づく中、1952年には輸入金融などを業務範囲に追加し、日本輸出入銀行(以下、輸銀)へ改称。ここから日本の貿易立国としての歩みが本格的に始まりました。
1960s
高度経済成長を支え、
日本の先進国入りを後押し
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- 1964
-
東京オリンピック・
パラリンピック 日本、OECDに加盟 - 1966
-
米州開発銀行向け融資契約調印(初の国際機関向け融資)
- 1967
- ASEAN結成
1950年代に貿易立国の道を歩み始めた日本は、世界銀行、IMF(国際通貨基金)、GATT(世界貿易機関WTOの前身)への加盟を次々に実現。1964年には世界銀行からの融資を活かして東海道新幹線を開通させるなど、主要インフラを整備し、高度経済成長の土台が築かれました。
輸銀の存在もまた、この高度経済成長を後押ししました。サンフランシスコ講和条約締結後、戦後賠償に伴う経済協力案件における融資の中核を担い、産業の高度化により成長した重化学工業やプラントの輸出を拡大することによって輸出金融・海外投資金融などの活発化にも貢献。こうした取組みを背景に、日本は1964年に非欧米諸国として初めてOECD※に加盟し、先進国入りを果たしました。※ OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development):経済協力開発機構。
1970s
オイルショックに伴う
エネルギー政策の転換に対応
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- 1971
- ニクソンショック
- 1972
-
外貨貸付制度の創設、同制度に基づく初の融資承諾(マレーシアでの電子部品製造事業)
-
アンタイドローン(事業開発等金融)の追加
- 1973
- 第1次オイルショック
- 1979
- 第2次オイルショック
1973年の第1次オイルショックは、資源の多くを輸入に依存する日本経済に甚大な影響を及ぼしました。翌年には戦後初のマイナス成長を記録し、日本はエネルギー政策の転換を余儀なくされます。これを受け、輸銀は石油や液化天然ガス(LNG)、一般炭などの資源関連融資を拡充。また、産油国への経済協力に伴う石油外交にも輸銀の資金が活用されました。
さらに、海外市場開拓に挑む中小企業も顕在化したことを背景に支援体制を強化。1976年には日本輸出入銀行法(以下、輸銀法)の一部改正により、中小企業が輸銀資金をより円滑に活用できる環境が整備されました。
1980s
日米貿易戦争やプラザ合意に伴う
円高に対処
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- 1982
- 中南米債務危機
- 1985
- プラザ合意
- 1986
-
西豪州LNGプロジェクト向け融資契約調印(初のプロジェクトファイナンス案件)
西豪州LNGプロジェクト(初のプロジェクトファイナンス) - 1987
- ブラックマンデー
-
インドネシア向けアンタイドローン調印(日本政府の資金還流措置(~1992年)に基づく第1号案件)
- 1989
- ベルリンの壁崩壊
1980年代に入ると、省エネや半導体技術を活用した日本製品は急速に国際競争力を高め、対米貿易黒字が急拡大。日米貿易摩擦は「日米貿易戦争」と呼ばれるほどに激化しました。これを受けて、政府が対外経済摩擦対策の一環として行った緊急輸入外貨貸付、産業協力対策の推進、製品輸入金融制度の整備などにおいて、輸銀は中心的な役割を担いました。1984年には輸入促進策の一つとして輸銀法が改正され、製品輸入に必要な低利資金の貸付、輸入金融の融資先への外国法人の追加など、輸入金融の円滑化を目的とした法整備が行われました。
1985年、先進5か国によるプラザ合意により急激な円高が発生すると、海外直接投資が飛躍的に増加。輸銀は1985年及び1989年の輸銀法改正により、海外直接投資への支援策をさらに拡充しました。
1990s
アジア通貨危機に際して、
各国の経済再生に貢献
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- 1991
- バブル崩壊 ソ連崩壊
- 1992
- 国連気候変動枠組条約採択
- 1993
- EU発足
-
ブルガリア向けアンタイドローン調印( 日本政府の資金協力計画(~1997年)に基づく第1号案件)
- 1994
- メキシコ通貨危機
- 1997
- アジア通貨危機
- 1998
-
日本政府の「新宮澤構想」等に基づくアジア支援策の実施
- 1999
- ユーロ誕生
-
日本輸出入銀行と海外経済協力基金の統合により国際協力銀行設立
1990年代になると貿易や投資の自由化が加速し、1995年にはWTO(世界貿易機関)が発足。金融市場のグローバル化が進み、民間資本による開発途上国への投資が飛躍的に増加しました。アジア諸国では目覚ましい経済成長が続き、流動性の高い短期資本が大量に流れ込みました。
しかし、1997年にアジア通貨危機が発生。日本は「新宮澤構想」と呼ばれる、関係国中で最大規模となる総額300億米ドルの支援を実施しました。輸銀はこうした日本のアジア支援において中核的な役割を担い、世界銀行などとの協調融資による金融セクター調整融資、現地製造業支援のための政府系金融機関向け融資(ツー・ステップ・ローン)、インフラ整備事業への資本協力などを通じて、その後の東アジア経済の力強い経済再生に貢献しました。
2000s
国際協力銀行が始動し、
地球温暖化対策の取組みを強化
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- 2001
- アメリカ同時多発テロ
- 2005
- 京都議定書発効
- 2008
- リーマンショック
-
国際協力銀行と国内3公庫の統合により株式会社日本政策金融公庫設立
-
リーマンショックをふまえ、JBIC特例業務の設置の上、日本企業を支援
- 2009
-
COP15(国連気候変動枠組条約
第15回締約国会議)にて
「コペンハーゲン合意」決定 -
IFCと協働し、「途上国銀行資本増強ファンド」設立
IFCとの「途上国銀行資本増強ファンド」設立
21世紀に差し掛かる頃には、地球温暖化対策の必要性が国際経済社会で広く認識されるようになりました。1999年に輸銀と海外経済協力基金の統合により誕生した国際協力銀行は、2005年の京都議定書の発効に先立って京都メカニズム担当審議役を設置し、日本の削減目標達成や地球温暖化防止への貢献に向けた取組みを強化しました。
2008年にはリーマンショックが発生。国際協力銀行(同年、国内3公庫との統合により発足した株式会社日本政策金融公庫の国際業務部門)は、業務の特例としてサプライヤーズ・クレジット(輸出企業向け信用)の供与や、日本企業を通じた開発途上国における事業への貸付を実施。世界的な景気の落ち込み・民間部門の金融収縮に対し、日本企業の海外事業における資金繰りを支援して産業の国際競争力を維持するとともに、アジアを中心とする開発途上国を対象に金融支援を行いました。
ロシアサハリンⅡプロジェクト
2010s
株式会社国際協力銀行が発足し、
リスクテイク機能を強化
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- 2010
- 欧州債務危機 アラブの春
-
地球環境保全業務(GREEN)の創設
「地球温暖化の防止等の地球環境の保全を目的とする海外における事業の促進」を、JBICの業務範囲に追加。高度な環境技術を活用した太陽光発電など、高い地球環境保全効果を有する案件に対して、融資・保証及び出資を通じた支援を行えるようになりました。
view more - 2011
- 東日本大震災
- 2012
-
株式会社日本政策金融公庫からの分離・独立により株式会社国際協力銀行設立
-
英国 都市間高速鉄道計画( Great Western Main Line)向け貸付契約調印
英国都市間高速鉄道計画 - 2013
- 中国の「一帯一路」構想
- 2014
-
円高緊急対応ファシリティのもと、米国 スピリッツ製造・販売事業(Beam Inc.)買収資金融資および劣後特約付融資契約調印
- 2015
-
COP21(第21回締約国会議)
にて「パリ協定」に合意 - 2016
- パリ協定発効
-
海外インフラ事業において日本企業のさらなるリスクテイクを可能とするべく「特別業務」開始
- 2017
-
イラク変電設備輸出(特別業務第1号案件)向け貸付契約調印
-
株式会社経営共創基盤との共同で株式会社JBIC IG Partners設立
2012年、株式会社日本政策金融公庫から分離・独立し、株式会社国際協力銀行(以下、JBIC)が始動しました。2011年の東日本大震災により影響を受けた日本企業のグローバルサプライチェーンの復旧・復興や、急激に進んだ円高への対応に取り組みました。初代総裁には、トヨタ自動車株式会社の代表取締役社長などを歴任した奥田碩氏が就任し、民間出身総裁の誕生が新たな船出を印象付けました。
前年に施行された株式会社国際協力銀行法では、民間金融機関だけでは対応できない大型インフラ案件や巨額の資金を必要とする輸出案件に対して、先進国向け輸出金融の供与が一部認められました。さらに、2016年の法改正では、海外における社会資本整備に関する事業に限り特別業務※を導入した他、出資を行うエクイティファイナンス部門を新設するなど、支援手法の多角化が進みました。※ 特別業務:JBICのリスクテイク機能を強化すべく2016年に法改正を踏まえて開始した、個別案件ごとに確実な償還が見込めない案件への融資を可能とする特別な業務のこと。海外インフラ事業や新技術・ビジネスモデル、スタートアップ企業向けの支援などが対象。
豪州・イクシスLNGプロジェクト
2020s
世界の課題解決を先導し、
未来を共に創るJBICへ
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- 2020
- 英国、EU離脱 新型コロナウイルス感染拡大
-
成長投資ファシリティのもと、新型コロナ危機対応緊急ウインドウ創設の上、日本企業の海外事業を支援
- 2021
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東京オリンピック・
パラリンピック - 2022
- ロシアによるウクライナ侵略
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日本企業の海外展開をより幅広く支援するため、先進国向け融資の拡充
- 2023
- コロナ禍後の経済活動本格始動
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国際情勢の変化等をふまえ法改正によりJBICのさらなる機能強化
- 2025
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日本発スタートアップ企業に対する出資( スタートアップ投資戦略に基づく第1号案件)
2020年、新型コロナウイルスが世界的に流行する中、JBICは「新型コロナ危機対応緊急ウインドウ」を創設。翌年には「ポストコロナ成長ファシリティ」を立ち上げ、時限措置として認められた先進国向け投資金融などを活用し、グローバルなサプライチェーン全体を支援することで、日本企業の海外事業の継続を後押ししました。
2023年の法改正では、激変する国際情勢に対応するため、JBICのさらなる機能強化が図られました。日本企業のサプライチェーンの強靱化、スタートアップを含む日本企業のリスクテイク支援、国際協調によるウクライナ復興支援への参画など、重点分野における支援ツールが拡充されています。今後もJBICは、変化の激しい世界において日本がプレゼンスを発揮できるよう、国際社会の課題解決を先導し、未来を共創し続けていきます。
水素ステーションを運営するスタートアップ企業への出資